週の終わり、港町《マリネル》に重い知らせが落ちた。新たな増税である。漁業税と都市保全税が同時に引き上げられ、漁師も商人も、表通りの観光客相手に商う者でさえ顔色を変えた。今回ばかりは「そのうち下がるさ」という軽口すら出ない。街の空気は、潮風より重く沈んでいた。
孤児院も例外ではなかった。灯りに使う油はひと月前の倍に跳ね上がり、干し魚や塩の備蓄は底が見え始めていた。釜の中身は日に日に薄まり、子どもたちの皿の量は、院長が気づかれないよう少しずつ減らされていく。笑顔だけは絶やすまいと皆で努めるものの、その裏で不安は着実に積もっていた。
その夜。子どもたちが眠りについた談話室には、小さなランプがひとつ、薄い光が机と壁を静かに照らしていた。
ハータは《ナマズ族》の院長と向かい合い、机いっぱいに広げられた帳簿を黙って見つめていた。潮気で端が丸まった紙には、赤字の数字が無情に並んでいる。丸い黒い瞳を伏せた院長は、ゆったり揺れる口ひげを指で押さえ、深く息を吐いた。
「……どうにもならんねぇ、ハータ。本部にも掛け合ってみたんじゃがな。あそこの司祭どもときたら、出世ばかり気にしておって、地方の孤児院の苦しみなんぞ目にも入らんのじゃ。寄付も減っとるし、仕入れは上がる一方じゃよ。」
ハータは腕を組み、苛立ちを隠すように視線を落とした。 「なんでいま税を上げるんだよ。漁師だって限界だ。……このままじゃ、ここももたねぇ。」
院長は苦笑を浮かべ、刻まれた皺の奥に優しい光を宿した。 「それでも、おまえさんが手伝ってくれるからのう。薪に修理に、子どもらの面倒まで。……ほんに助かっとる。」
「……いいってことですよ。」
そっぽを向きながら返した声には、わずかな震えが混じっていた。軽く言ったつもりだったが、胸の奥に溜め込んでいた疲労と焦りが、どうしてもにじみ出てしまう。
院長はその揺らぎに気づいたように、低くやわらかな声で問いかけた。 「弟さんのこと……まだ、気にしておるんじゃろう?」
「……別に。」
返事は素っ気なかったが、胸の痛みは誤魔化せない。二年間連絡がないだけで、帰ってこないと決まったわけじゃない。そう思う自分がどこかにいる。ふらりと戻ってきそうな気がしてしまう。その淡い期待が消えず残るせいで、自分を責める思いだけが静かに疼いていた。
院長は帳簿をそっと閉じ、言葉を選ぶように口を開いた。 「無理はするなよ、ハータ。……おまえさんまで倒れたら、この子らは本当に行き場を失う。」
外では、波が堤防に当たって砕ける音がした。ランプの炎がかすかに揺れ、その影が壁に長く伸びる。重税の波は、もうすぐこの孤児院にも本格的に押し寄せる。どう足掻いても逃げ道が見つからない、そんな予感が夜気とともにじわりと満ちていった。
静かなのに、息苦しい夜だった。



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